1. 湘南文化の誕生

戦中戦後の湘南

IV:
白鳥会長の幼い頃の湘南の風景はどのようなものでしたか、また、どのような暮らしをしていましたか。
白鳥:
私は昭和16年に鵠沼で生まれましたが、鵠沼周辺は松林が広がる別荘地が広がり、農村の部分と、漁村があったりするのどかなところでした。別荘地は1000坪だとか、中には3000坪といったとてつもないお屋敷もあったりしました。今の基準で言えば広い部類でしょうが、250坪程度くらいの家もありましたね。私が暮らした家もそうでしたが、日本家屋に応接間部分が洋館になっている和洋折衷の家が結構多かったのを覚えていますよ。
IV:
小学生から中高生くらいまでの湘南はいかがでしたか。
白鳥:
小学校に入ると、別荘族の子供、役所・企業勤務の子供もいれば、農家や漁師の子供など、様々なバックグラウンドの子供たちが小学校に一堂に会する感じでしたね。お互い戸惑いながらも、不思議とまとまりがありました。もちろん、いじめたりいじめられたりとか、そこには子供の世界があるのだけど、テレビもないし、おもちゃという物もない時期だったから、海に行っては工夫して遊びを作り出していましたね。まあ、かわいい女の子誰だ?なんて言ったりしてね。どこでも変わらないでしょう、そういうのは(笑)。ただ、湘南らしいと言う意味では、波乗りとかもまだない時代だったけど、常に海があり、当たり前の存在だったことかな。太陽の光が燦々と降り注ぎ、ゆったりとした時間の流れがあり、今になっては素朴な過ごし方をしていたなと感じますね。

アメリカ文化の流入と湘南の黄金時代

IV:
湘南にはいち早くアメリカ文化が到来したと聞いたことがありますが、いつ頃から、どのような経緯で湘南にアメリカ文化が流入したのでしょうか。
白鳥:
元々、湘南には旧海軍の施設が多かったのですが、敗戦後米軍の施設になるわけです。米軍施設ができると、将校クラスの住宅が必要となるわけですから、湘南エリアのお屋敷が軒並み米海軍の将校クラスの家として接収されたのです。私の家の近所のお屋敷も接収されたところが多かったですね。彼らの家庭では、庭でガーデンパーティーをやっていましたよ。私を含めた、近所に暮らす日本人たちも招かれました。庭で楽しく食事をしたり、遊んだりしていたのですが、文化の違いを体感した経験でした。
IV:
そのようなシーンは鵠沼のみならず、湘南のどこにでもあった風景だったのですか。
白鳥:
詳細はわからないけど、鎌倉のお屋敷も接収になっていただろうし、葉山もね。局地的だと思うけど、別荘地や、旧華族や財界人などの邸宅が多い地区は、接収対象となる家も多かっただろうね。
IV:
湘南と言えば、夏は海で海水浴というイメージが強いのですが当時はいかがでしたか。
白鳥:
その当時の海は米軍の人たちの遊び場だったのです。波乗りも彼らが持ち込んだものだから。日本人は一部の常連客というか、ごく一握りの少数しかいなかったですね。常連客のパラソルが所定の場所に立っていていると言う感じでしたね。
IV:
昭和30年代前半の海岸は、特定の人たちの楽しむ場所と言いましょうか、今で言うセレブな場所であり、セレブたちが文化を作り始めた時期だったのですね。そのような時代に多感な時期を過ごされたわけですが、どのような遊びをされていましたか。
白鳥:
そうね、戦前は自然豊かな別荘地に、敗戦後米軍の幹部たちがやって来て、彼らの暮らし方に、私を含む地元の子供たちは想像を絶する衝撃を受けたわけです。そして、高校生頃になると、友達たちと試行錯誤で波乗りをやるものもいれば、ダンスパーティーで踊ったり、音楽もあるといいからとバンド組んで演奏したりとか。なんでも試してみて、面白くしようと言う雰囲気でしたし、別荘文化にアメリカ文化が融合されつつあった当時の湘南は、独自の空気感というか面白さのようなものがありました。しかしながら、大人たちは、敗戦に対する複雑な思いもあったようでした。
IV:
昭和30年代に、湘南では洗練された文化のようなものが根付いていたのだなと感じます。根付くというよりも、湘南で暮らしている当時の会長のような若い人たちが心地良さを求めて作り出した空気感なのかもしれませんね。ところで、会長は東京の大学に進まれるわけですが、東京で下宿をされていたのですか。
白鳥:
いやいや、毎日鵠沼から通学していました。友人たちの一部は東京に下宿していた者もいましたが、1年で湘南に戻って来るのもいましたよ。勝手を知っているところで、昔からの気心知れた仲間たちがいますからね。また、東京もオリンピック前だったしね。湘南から1時間ちょっとかけて通学したほうが、心地よかったし、地元での暮らしが楽しかったですから。
IV:
オリンピック以前の東京。まだ映画「三丁目の夕日」のような所も多く残っている時代ですよね。それを思えば、仲間たちがいて、面白くてセンスのある先輩や仲間たちがいる湘南のほうが落ち着くし、楽しいというのは分かる気がしますね。
白鳥:
当時はそれが当たり前のことだと思っていたのだけど、そうではないのですよ。あくまでその時代の湘南の一部の地域の暮らし方ということだったのかと後に知るわけですね。その後、サラリーマン時代を経て技拓を起業してから、そのことを特に感じるようになりましたね。

2. ハウジングビジネスと湘南

技拓創業

IV:
技拓を創業されたときから、木造の住宅で、工法は2×4工法と決められていたのでしょうか。2×4工法に魅せられた理由はどのようなものでしょうか。
白鳥:
昭和49年(1974年)に建設省(当時)で木造住宅の工法として2×4工法のオープン化がなされ、日本の木造住宅建築工法として認定されました。子供の頃に暮らしていた南京下見板張りの家での経験や、アメリカ文化の影響、そして2×4工法の認定を踏まえて、アメリカの家を提供したいと思ったのです。また、参入しやすい分野ということから、提供する木造住宅の工法は2×4工法を採用しようということで、技術開発および普及促進のために技拓を設立しました。2×4工法の魅力は、ホームページを見ていただければ分かるとおり、在来工法のような軸で支えるのではなく、面の構造で住宅を支える耐震性能の良さ、耐火性の良さ等に加え、これからの住宅のスタンダードな工法になり得るのではないかと、いち早く着目したからですね。
IV:
2×4工法でいえば、今では複数の大手ハウスメーカーや輸入住宅建設会社等、取扱工務店も多いですが当時は少なかったのではないですか。
白鳥:
ええ、とても少なかったです。まさにその普及を担う使命があると思っていたのです。最初は試行錯誤の連続の日々でしたね。北海道や欧州、北米のような寒冷地で見られるような高気密・高断熱の家だと、湘南の気候風土、関東地方の気候風土には必ずしもマッチするものではなかったのです。そこで、役だったのが、湘南で暮らしてきた経験でした。鵠沼の別荘地の人たちの暮らしは、通気性が高く、風抜けが良い家であり、四季の変化を感じる家でした。2×4工法で住宅の断熱性・気密性を高めつつ、窓を開けて太陽の光や吹き抜ける風を最大限取り込む家を作ろうと思ったんですね。そして、カッコいい家であり、おまけに飽きが来ない、長く暮らせる家を。そんな家づくりを重要テーマに掲げていました。昔の洋館の外壁は南京下見板張りと言われますが、木を一枚一枚張って、上から塗装しているでしょう。日本家屋も焼杉を張っていたりしていたわけです。それをヒントに、技拓おなじみのウエスタン・レッド・シダー(米杉)を外壁材として使うことや、内装にも使うことにしたのです。しかし、実際作るとなると無垢の木材を使うわけですから、木が暴れたりするのをいかに考慮して建てるか。さらに、住宅の性能を満たしかつ、意匠も優れている、ウエスタン・レッド・シダーを使った家づくりをどのように勧めていくか、調和させていくか。まさに40年間、格闘の日々でした。
IV:
技拓と言えばウエスタン・レッド・シダー張りの家というイメージが強いですが、まさに試行錯誤と研究の連続だったのですね。だからこそ、独自のスタイルの家になっているなと感じます。

家づくりで大切にしていること

IV:
改めて技拓の家づくりで大切にしていることを教えて下さい。
白鳥:
ホームページやパンフレット、動画でもお話していますが、「作りすぎないこと」。長く暮らし、次世代に引き継ぐことを念頭に置いた家づくりをしているので、一時の流行や欲求で家を細部に至るまで作りすぎないことが一番のポイントだと思います。具体的には、過度な装飾を排し、シンプルで飽きの来ないデザインであること。そして、良質の素材を使い、素材の良さを最大限活かした家かな。お客様のご要望に添った家づくりをしていますが、例えば30代前半で家を建てたとしましょう。新築時は、ご主人と奥さん、小さなお子さんがいるとして、10年後はどうか、20年後はどうなっているのか、考えていただきたいのです。新しい趣味ができているかもしれないし、お子さんが増えているかもしれないですし、20年経てばお子さんは独立して家を出て行っているかもしれないでしょう。北欧スタイルとか、ヨーロピアンスタイルとか、装飾を過度に施すと、月日の変化や暮らし方の変化に対応できない可能性が高いのではないかと思うのです。大前提として、家の基本性能の良さを確保していることに加え、外壁のウエスタン・レッド・シダーもメンテナンスは必要であるものの、必要最小限になるようにしています。お客様が長年暮らすことを想定して本質的に必要な部分は新築時にしっかり工事を行い、性能を確保しつつも、そうではない部分はお客様のペースで好みに応じて家を育てていって欲しいと思っています。アクセントはお客様のお好きな家具で味付けして下さいと提案していますしね。それは一貫していますね。
IV:
お客様が家を育てていくと言う発想は技拓の家づくりの特徴の1つですね。
白鳥:
そうですね。お客様の人生になぞらえると、家が完成した時点がスタートであって、その家での暮らしがあるわけでしょう。お子さんが学校に入った、ご主人の仕事面で変化があった、好みが変化した等々。そして、お客様自身が年を重ねて行くなかで、変化していく。こういったお客様の変化に対応できる家であることが、家づくりの大切なポイントの1つですね。
IV:
当たり前の日常の営みである暮らしの舞台が家であるわけで、変化に対応できる家づくりというのは、とても納得できますね。確かに、技拓の家は、北欧家具であっても、英国アンティーク家具でも、中国の家具であっても、受け入れるような懐の深さがあると感じます。変化を楽しむ家、それが技拓の家づくりなのかもしれませんね。
白鳥:
せっかく湘南で暮らすのであれば、豊かな自然環境、例えば、窓からの借景、吹き抜ける風や太陽の光を最大限取り込み、心が緩みくつろげる空間であることが大切ですね。お客様のご家族がくつろげるのはもちろんだけど、お客様のご友人を招いて食事をする、ウッドデッキでちょっとしたパーティーを開くとか、当たり前だけど、とても贅沢な時間の使い方だと思いませんか。
IV:
当たり前だけど贅沢な時間、素敵ですね。会長が提案する家づくりや家での過ごし方は、やはり会長の湘南での暮らしがベースになったものなのでしょうね。お金を出せば贅沢は出来るなんて言う考え方もありますが、お金では買えない、シンプルだけどとても満ち足りた一時なのだろうなと感じます。
白鳥:
そうなのです。年を重ねると、当たり前と思っていたものの中に心の充足感を感じたりします。古くさいかもしれないですが、これからはこういう発想が大切な時代になってきていると感じます。
IV:
ところで、技拓のこれまでの40年間での実績は、湘南はホームグラウンドとして言うまでもないですが、違うエリアでも実績はあるのでしょうか。
白鳥:
ええ、ありますよ。神奈川なら川崎や南足柄もありますし、都内なら世田谷、目黒、杉並、三鷹などで施工事例がありますし、蓼科や群馬での事例もありますよ。設計監修と施工技術指導であれば青森もあります。技術はある程度体系化されていますから、例えば軽井沢といった寒冷地のリゾート地などでも、地場工務店とタイアップすること等で対応可能です。
IV:
技拓といえば、湘南の老舗ビルダーであって、湘南限定なのかと思いましたが、そうではないのですね。

3. 時代の変化と湘南、新しい暮らし方

湘南の変化

IV:
ここ数年、湘南移住がブームになっている気がするのですが、技拓の歴史を踏まえてお客様の層や、湘南在住者として湘南に移り住む人たちの変化などを感じますか。
白鳥:
そうですね、全体像から話をすると、昭和40年代は鎌倉も藤沢も、葉山も、至る所で大規模宅地造成が盛んでした。西武鉄道、三井不動産、住友不動産、野村不動産といった大手デベロッパーが山を造成して宅地を開発していました。そして、昭和50年代頃から、鎌倉旧市街地や鵠沼などの屋敷も相続等で広大な敷地を分割して分譲し始めるようになりました。当時は、東京の大手企業勤務の部課長クラスの人たちが多くやってきたように思い出します。当時の技拓のお客様もそういう方たちが多かったように記憶しています。だからこそ、平日は東京に通勤し、休日は湘南でゆったり過ごして、と言う人たちでしたね。その後、バブル期の土地高騰で、東京の富裕層の人たちが別荘を建てるだとか、東京の不動産が高騰したため売却して湘南に大きな家を建てる人たちがいたように記憶しています。そして、バブル崩壊で企業の保養所が売却され、分割された開発が盛んになりました。特に鵠沼、鎌倉、葉山はその影響が大きいと感じます。それ以降はメディア等の影響もあり、マリンスポーツをする人だとか、自然と寄り添った暮らしをしたいと志向する人たちが移り住んでいる気がしますね。
IV:
湘南に移住する人たちも時代とともに変化しているのですね。最近では、2011年の東日本大震災の前後から、湘南に移住する人たちの特徴がそれ以前と比べてまた変化しているように感じるのですが、その点はいかがでしょうか。
白鳥:
そうですね、はっきりと感じているわけではないけど、年齢層が若くなったのかな。あと、自ら起業したり、ベンチャー企業などに勤めていて会社が鎌倉であったり、という人たちもいるようだし、お店を開業している人たちも増えていると聞きます。技拓のお客様は東京勤務の方や自分でビジネスをされている方が相変わらず多いです。
IV:
やはりメディアの影響が大きいのかもしれませんね。特に震災後は暮らしの多様性が叫ばれています。湘南でいえば、憧れや暮らしたいと言う思いはあるものの、昔と違って勤務環境が忙しくなり、通勤に時間を費やせないという点もあるようです。一方で、仕事よりも家族を大切にする発想の人たちが増えており、会社に出社するのは週1−2回程度だとか、インターネット等情報技術を活用し遠隔勤務で良いと言う方もいますしね。
白鳥:
要するに、価値観と暮らし方が多様化しているということですね今まで以上に、何を好み、何を選ぶのかが明確になり、それを選ぶことになってきているのかもしれません。

今だからこそ見える「理想の暮らし方と家」

IV:
40年に渡る技拓の家づくりを通じて、会長自身が感じる「理想の暮らし方と家」とはどのようなものでしょうか。
白鳥:
実に難しくて深いテーマですね。湘南でしか暮らしたことが無いですからね。その上で言うなら、古くさいかもしれないけど、暮らしていて心も体もくつろげる家ですね。具体的には、家族や仲間たちと食事をしながら、たわいもない話をしたり、一人でじっくり読書を楽しんだりとかね。それもビル街のなかではなくて、海や山の緑、お屋敷の借景などでもいいですが、自然環境を最大限取り込み、長く暮らしても飽きが来ない家なのでしょうね。だからこそ、そんな家ばかり技拓は作っているのかもしれません。
IV:
会長の考えに「建築は地場産業である」というものがあったかと思いますが、時代の変化とともに、考えは変わらないですか。
白鳥:
技拓はこれまでも、そしてこれからも湘南をベースにやっていきますが、過去の施工実績のとおり、関東圏内は十分対応できます。湘南での暮らしで培った暮らし方を、湘南でも、湘南以外の関東圏内でも提案してきたわけですからね。しかしながら、最近の暮らし方の多様化に対応するため、新たなアイディアを提案したいと思っているのです。

技拓の新しい提案

IV:
技拓の新しい提案とはどのような提案ですか。
白鳥:
時代の変化により、日々の暮らしの余裕がなくなりつつあるのかなと感じています。一方で、いわゆる別荘地、軽井沢は別格としても、伊豆だとか山中湖、蓼科とかね、驚くほど価格が安くなっているじゃないですか。日々の生活は東京の都心のマンションなどで、コンパクトに暮らしている人もいるでしょう。そういう人たちに向けて、週末は自然環境が豊かな場所で、一人で、あるいはご夫婦で、あるいは気心知れた友人たちを招いて食事や語らいを楽しみ、心の底から充足感を感じられるようなWeekend Houseを提案したいのです。
IV:
技拓が別荘向け住宅を提案・施工するということですか。
白鳥:
そうとも言えますね。ただ、私が育った湘南も時代の変遷とともに変化しているわけですし、私が家を通じて伝えたい暮らし方。派手さはないが普遍的なシンプルな暮らし。それを実現する場所は、自然環境が豊かで、それでいて、洗練された雰囲気があり文化がある場所は、湘南以外にもたくさんあるわけです。また、暮らし方は場所によって変わるものではないと気づいたのですよ。もう75才になって、ですけどね。
IV:
会長の技拓での40年間の家づくり、暮らしのデザインの集大成とも言えるものがこのWHプロジェクトということでしょうか。
白鳥:
少なくとも私にとって集大成のプロジェクトです。すでにプランもたくさんストックしています。モデルプランは大屋根の55坪の平屋。そんなに大きくてどうするのと社長に言われましたが、心地よさを感じ、ゲストも招いて過ごすにはある程度の広さが必要でしょう。みんなで食事を作る大きなキッチンダイニング。そしてくつろぐためのリビング。主寝室にはバス・トイレもありますよ。そしてゲストルーム。もちろん、ゲスト専用のバス・トイレも完備しています。屋根がかかったデッキテラスは第2のリビングとして活用できますし、冬場は雪よけにもなります。従来の2×4工法で寒冷地対応とし、例えば、冷暖房等も深夜電力活用の蓄熱ヒーター等を活用すれば、ランニングコストも抑えつつ温度管理もできますからね。
IV:
素敵ですね。それにしても、55坪の平屋というのはかなりの大きな家ですね。想定プランはたくさんあるとのことですが、お客様のニーズによってサイズの調整等は可能なのでしょうか。
白鳥:
もちろん、対応可能ですよ。夫婦2人がひっそりと、且つ、ゆったりと過ごしたいWHなら、25坪の平屋でも良いですね。建物の大きさは設計をモジュール化していますので、臨機応変に対応できます。間取りのプランニングも自由自在です。ただ、40年の家づくりを通じて様々な家づくりに関わってきましたが、寝室などのプライベート空間とリビングダイニング等のパブリック空間をしっかり分けて、水廻りはゆとりを持たせると、心地よさを感じる家になるのです。WHには40年のノウハウがふんだんに盛り込まれています。性能と意匠の両立も、過去の実績を踏まえた、いわば、私の集大成なのです。
IV:
WHは別荘地でのセカンドハウス向けとして展開されるのですか。また、平屋だけのプランなのですか。
白鳥:
敷地の広さの問題があるので、リゾート地を想定していますが、それに限りません。湘南でゆったりした土地がある方には、ご自宅として提案も可能です。敷地の問題はあるものの、コンパクトな25坪で良いと言う方には、建物が建てられる敷地であれば、東京でも対応可能ですし、2階建てやロフトを設けるプランも検討可能ですよ。週末のように心も体もゆったりとくつろげる、毎日がリゾートにいるような暮らしがしたいという方には、ご自宅としてもお勧めできます。湘南でこれまで技拓が提案してきた暮らし方と家のあり方がどこまで提案できるか、というプロジェクトとして位置づけています。
IV:
まさに会長のこれまでの家づくりと暮らし方の提案の集大成としてのプロジェクトですね。
白鳥:
そうかもしれませんね。家づくりと暮らしを提案する仕事に携わってきた私が技拓とともに年を重ねていく中で、得られた気づきが多かったのです。それらをベースに何が出来るかと考えた結果が今回のWHプロジェクトです。幸せを感じるには実に様々な方法がありますが、技拓が提案したい幸せは、普遍的でシンプルなことなのだなと最近強く感じるのです。提案する家も、シンプルですしね。
IV:
まさに、「時を経て、さらに趣のでる家づくり」の集大成ですね。

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